後山柴燈大護摩法要
取材データ
| 名称 | 後山柴燈大護摩法要(イベント) |
|---|---|
| 住所 | 岡山県美作市後山59 |
| 日時 | 2009年9月7日(月)~8日(火) |
| 主催 | 道仙寺 |
| TEL | 0868-78-3419 |
| URL | - |
| アクセス | JR姫新線・美作江見駅 / 車約40分 山陽自動車道・美作IC / 車約50分 |
| 入場料 | 無料 |
|
年間スケジュール お知らせ | 例年の予定日:9月7日~8日- |
| 取材者 | Cuu |
取材者の視点
岡山県の北部中国山脈の山裾に位置し、奈良の大峯山とならぶ修験道の行場としてしられる標高1344mの霊山後山(旧東粟倉村の北端)がある。7世紀ごろ修験道の開祖とされる役行者である「小角」が道を開いたとされる。その後、建長年間(1249年~1255年)にお話を伺った御住職の「道仙寺」が設立されたらしい。この後山の地で今尚、続いている護摩法要をご案内します。
実施日の前日、準備のお忙しい中を御住職に手を止めていただき護摩法要のお話を山の裾の女人堂で聴くことが出来た。以前は山の上の奥の院だけで護摩を焚いていたが、30年ほど前から女人堂でも護摩を焚くようになった。というのもこの山は、後山霊験記によると「女人を禁ず女人の身をいとわんが為なり」のごとく女人禁制の山であるため中腹の「母護堂」までしか行くことができません。又ならわしでは縁の行者御縁日(命日9月7日)に護摩を焚いて供養をする。正月節分含め年間6回護摩を焚くそうです。開山日は毎年4月18日、閉山日は11月7日、閉山後は一切の入山が禁止となります。江戸時代末期の安政2年(1855年)山の上の奥の院本堂が再建されたため奥の院を目指す多くの参詣者で賑わったようですが現在では奥の院に上り一晩過ごす信者は約40~50人と少なくなったとのことです。祭りの当日ご高齢の本人(御住職)自ら真暗い早朝より灯り一つで昇られ護摩供養の責務を務められるとのこと(ビックリ!)。
上記のようなお話を30分伺った後、御住職、巫女さんに勧められ供養祭の前日ではありましたが片道約90分掛かるといわれる奥の院に躊躇しながらも登ることにしました。後山裾の護摩堂から始まる舗装道が山道に変わりスギやヒノキの林が続き鬱蒼とした原生林を抜けると中腹に「母護堂」(女性はここまで)が見えてきました。「水とり場」で身を清め、なお一層険しくなる道を上がって行きました。聞いていた通り谷側の裾のを登るので岩場が多く途中道もなくなり、2、3度の休憩をはさみやっとのことで奥の院の立派な石垣が見えてきました。さすが女人禁制とは言え、女性には少し無理かもわかりません。石垣を登りきったところに本堂と小屋があり神聖な気持ちと達成感が満ち溢れてきました。下山途中にお会いした修行僧の方にホラを吹いてもらい思わず立ち止り聞き入ってしまいました。翌日の7日、大護摩法要では約500人もの大勢の信者の方と屋台が数件でて護摩焚きがにぎやかに開催されました。360度観客が見守る中、午前10時より始まり御祈念の後観衆の中に四方に向け弓矢を放ち、護摩に火が点けられ壮大な法要が執り行われました。(写真参照)
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